疲れた心に「プチ修行」 本紙記者、一日尼僧体験
バブル時代に青春期をおくり、仕事も結婚も子どもも、何もかも手に入れたいと思っていた。そんな煩悩まみれの私も、40歳。不惑を迎えれば少しは枯れるだろうと思っていたが、いまだに欲はつきず悩んでばかりだ。もっと、すっきりした心で日々を過ごせないだろうか。座禅や写経を体験できる「プチ修行」が人気と聞き、1月の京都で尼僧体験に挑戦した。
瞑想・写仏・精進料理… 日頃の自分、見つめ直した
京都市山科区の川崎大師京都別院笠原寺(りゅうげんじ)(真言宗)は1980年から、尼僧体験を受け付けている。開山主の故・笠原政江さんが、仏教を身近に感じてもらおうと思いついた。本物の尼僧になれるわけではないが、一日で終わる気軽さからか、多い時で約20人が全国から訪れる。
持っていくものは、足袋と腰ひも2本。笠原寺を訪ねると、寺務主任の渡辺光洋さん(46)が迎えてくれた。
白い着物に着替え、本堂で尼僧になる儀式にのぞむ。香炉をまたいで身を清める「足香(そっこう)」(1)だ。「仏様と一体になって修行をします」という意味の言葉「オンサンマヤサトバン」を唱えると、自然と身が引き締まる。そして「おかみそり」(2)を受ける。ただし、本当に髪を切るわけではない。
この後、法衣を羽織り、袈裟(けさ)をつけ、念珠を持つ。ずきんをかぶって頭髪を隠すと、見た目は「らしく」なり、ちょっとしたコスプレ気分。尼僧の服にあこがれて、ここに来る女性も多いというのもうなずける。
念珠(3)の持ち方を教わった後、瞑想(めいそう)(4)を始める。あぐらのような格好で足を組み、ひざの上に両足を乗せる。関節が固いのか、最初は痛くてたまらない。目を軽く閉じ、呼吸を整えると、風の音が聞こえる。鳥の声、犬のほえる声。わずか数分だが、全身の感覚がとぎすまされるような、不思議な感じを味わった。
澄んだ心で、今度は写仏(5)。トレーシングペーパーのような薄い紙の下に、大日如来の絵を置き、筆ペンで丹念に写していく。完成した仏様の絵が、実物より目がぱっちりしたイケメン風になったのは、やはり我が煩悩のなせる業か。イケメン大日如来図には、願い事を書き込んで奉納する。
それから、境内の八十八カ所にあるお地蔵さま一つ一つに手を合わせながら歩く。実は僧服の下に、Vネックのセーターとスキー用のタイツを着込んでおいたのに、猛烈に寒い。
昼食は精進料理(6)だ。ご飯一膳(ぜん)に梅干し、みそ汁、ごま豆腐と煮物。腹八分目といった量で、味はあっさり。食べ物の命に感謝しながらいただく。
食後は法話だ。「夫は所有物ではなく、わが子も、親から離れていく。思い通りになるものは何一つない。自分のものと思いこみ、執着することで、苦しみが生まれる」と渡辺さん。
ふと思う。仕事も家庭も、自分は必死に努力することで、すべて解決しようとしてきた。でも、それは「執着」にほかならないようだ。執着を捨てれば、楽に生きられるのだろうか。
読経の練習をした後、「京真」という法名をいただき、計6時間の修行は終わった。
正直言って、こうした短い修行で何かを悟るわけではない。ただ、日頃の自分を見つめ直すきっかけにはなった。車やパソコン、コンビニに頼りっぱなしの生活。ストレスがたまれば、やけ酒やグルメ、買い物に走る。我が家は古くなった衣服や本、おもちゃで足の踏み場もないほど散らかっている。
元気で働き、様々な物を手に入れつつも、どこかむなしい。便利な生活やお金だけが、人の心を満たすわけではないということだろう。今は無理だとしても、もっと年を重ねたら、シンプルに生きたいものだ。
この尼僧体験、以前は60~70代の参加が多かったが、数年前から30~40代が増えてきたという。みんな生きることに疲れているのかと、ちょっと気になった。
おことわり 取材のため、実際の尼僧体験とは順序が入れ替わっている部分があります。
【尼僧体験ができる寺】
川崎大師京都別院笠原寺(京都市山科区大宅岩屋殿2、電話075・572・9400)
毎月第3日曜、18日。参加は女性のみ。コースは日帰り。僧服は1人から借りられる。電話で問い合わせ、所定のはがきで申し込む。8千円。
信貴山大本山玉蔵院(奈良県平群町2280、電話0745・72・2881)
尼僧だけでなく、男性の僧体験も、随時受け付ける。僧服の貸し出しは10人以上の団体のみ。日帰りコースは8千円。1泊2日コースは1万4千円。申し込みは電話で。
総本山圓満院門跡(大津市園城寺町33、電話077・522・3690)
男性の僧体験もある。僧服の貸し出しは1人から。コースは1泊2日。電話で問い合わせ、所定の申込書に記入する。1万9500円。
出典:朝日新聞